久留里城は天文9年里見義堯により八方の尾根を切り崩し堅固な山城として築かれ、関東屈指の

要塞の地として
存在しておりました。その後、里見・土屋・黒田と城主が遷り変わり、黒田直純公により現在城址として

残る近世城郭として整備されました。その後、明治を迎え廃墟となった久留里城の天守閣を昭和43年旧上総町の

明治百年事業の一環として復元を計画。君津市となった後、昭和54年に観光的シンボルに天守閣が本丸跡に復元されました。